消費社会と自費出版

私は、自身のインテリアブックを出版することが夢でもありますが、そのために自分自身の暮らしぶりから家具について日々を振り返るようにしています。また、街に出ては、手にした文具や台所用品、日用品、食器、衣類、食品などの用途や、生産理由などについても考えてしまうことが多いです。それで気が付いたことは、自分の考える家具の形を押し付ける形式だけの生産では、商業品として成り立たないのではないか、ということです。反対に、商業品は「当たり障りのないもの」が集約されているとも言えるかもしれません。身の回りにある万物は、家具1つにしても自然の恵みを利用したものであります。そのような考えが、伝わるような物づくりが伝承されていく事を願いながら、先代から引き継いだ家具を想うと、おのずと自身のインテリアブックは自費出版での販売になるだろうということが予想されます。私達の暮らしぶりは、驚くほどこの数十年の間に、高度な成長ぶりをみせ、便利な生活に溢れています。しかし、裏を返せば、どこにでも同じような物があふれ、代替え品などはいくらでもある世の中であるとも言えるでしょう。便利な生活の中に、目に見ない環境からのメッセッージを見極められない現代の寂しさを見ているような気持ちです。私自身も便利な暮らしの恩恵を受け、快適な日々の暮らしを送っていますが、自身の夢を考えると、ほどほどの線引きをわきまえないといけない時期に来ているのではないかと考えるようになりました。ゴミステーションに無謀に捨てられた、まだ使用できる粗大ゴミ家具たちをみかける時にも、物たちの寿命について考えてしまいます。

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